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2017.08.24

明日に向けて(1418)隠されてきた内部被曝の実態を明らかにするために被爆者が奮闘してきた―「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャルより)その3

守田です(20170824 16:00)

連載中のNHKスペシャル「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」の文字起こしの3回目をお届けします。これが最終回です。
今回は「黒い雨」の調査資料が隠されてきたことに対して、被曝者が原爆症認定を求めて裁判をおこすなど、奮闘してきたこと、この結果、裁判で黒い雨の影響を認める判決が引き出されましたが、なお国が内部被曝の影響を認めずに来ていることが描かれています。
重要なポイントですのでご注目ください。

とくに番組の終盤ではこのことと福島原発事故による被曝の問題のつながりが示唆的に描かれています。
今回の放影研への問い合わせの中で、初めて自らが黒い雨を受けていたことを母親が残してくれた証言から知った佐久間邦彦さんが、福島などから広島に避難してきたお母さんたちに次のように語っているシーンを流すことを通じてです。
「佐久間さんが繰り返し訴えているのは、事故のときにどこにいて、どう避難したのか、自分と子どもの記録を残すことです。被曝の確かなデータがなければ、子どもを守ることはできない。母親が答えてくれた自らの黒い雨の記録を見せながら、語り続けます」

広島・長崎原爆の被害の中で、アメリカが内部被曝の影響をひた隠しにし、だから「黒い雨」に関するデータが活用されてこなかったことがここまで描かれてきましたが、日本政府はこのアメリカの姿勢にべったりと追従し、多くの被爆者に「あなたは放射線被曝の影響を受けていない」と冷たく言い放ってきました。
被爆者の懸命の努力で、多くの裁判で、この政府の見解が正されましたが、それでもいまなお、政府は内部被曝の影響を認めていません。
そしていま、福島原発から飛び出した放射能による被曝に対しても、政府は同じ姿勢をとり続け、子どもや妊婦さんを含む膨大な人々を被曝するに任せています。

しかし「黒い雨」による内部被曝の実態は、被爆者援護政策が切り縮められてきており、とてもではないけれどもまっとうな救済措置にはなっていないことを明らかにするとともに、現在の日本政府による福島原発事故による被曝防護対策もあまりに誤っていることを突き出しています。
かつてアメリカに追従して、広島・長崎の被爆者を切り捨て、見捨ててきたと同じ理屈、同じ論理による被曝影響の極端な軽視が、いまなお繰り返されているのです。
この状態をなんとしてもひっくり返さなければいけないし、ひっくり返したい!
このNHKドキュメントで明らかにされた事態が私たちに問いかけているのはこのことであると僕は思います。

*****

「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」2012.8.6NHKスペシャル
(その3は32分25秒から最後まで)
http://www.at-douga.com/?p=5774

1975年、ABCCは組織改正されます。日本も運営に加わる日米共同の研究機関、放射線影響研究所が発足しました。研究の目的に被爆者の健康維持や福祉に貢献することも加えられました。ABCCの調査を引き継ぎ、被爆者の協力のもと、放射線が人体に与える影響を研究しています。
国は放影研の調査結果をもとに、被爆者の救済にあたってきました。原爆による病気と認められた人に医療手当てを支給する原爆症の認定制度です。救済の対象は実質、初期放射線量が100mSvを越える2キロ以内。残留放射線の影響はほとんど考慮されてきませんでした。
原爆症と認められる人は、現在、被爆者全体のわずか4%、8000人にとどまっています。被爆者は自分たちの調査をもとに作られた国の認定制度との闘いを強いられることになりました。
2003年から全国にひろがった原爆症の認定を求める裁判。その中で被爆者は、半世紀以上も前の被曝の影響を自ら証明することを求められたのです。 (さらに…)

2017.08.23

明日に向けて(1417)アメリカが核戦略維持のために真実を葬った―「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャルより)その2

守田です(20170823 11:30)

前回に続いて2012年8月6日に放映されたNHKスペシャル「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」の文字起こしの続きをお届けします。
今回はNHKの取材班がアメリカに飛んで、広島における「残留放射線の影響」に関する研究・調査が、核実験が頻繁に行われ、日本の漁船、第五福竜丸が被曝させられていく中で、アメリカに不利だとしてもみ消されていった過程が明らかにされています。

とくに注目すべきはABCCに属していたローウェル・ウッドベリー博士が、「黒い雨など残留放射線の影響は低い」とした戦後直後の測定結果に疑問を投げかけていたことです。
残留放射線の影響調査は、原爆投下の一か月後、戦後の三大台風の一つとされる巨大な枕崎台風が広島を直撃し、洪水を起こし、放射性降下物の多くが海に流されたあとに行われていたからです。
博士はこの点の追及を進めますが、やがて辞職に追い込まれていき、以下のような言葉を残しています。
「この問題はほとんど関心がもたれていない。私が思うに、何度も何度も、研究の対象としてよみがえっては何ら看取られることなく、静かに葬り去られているのだ。」

ちなみに広島原爆の残留放射線の影響調査が、巨大な台風が広島市を襲った後に行われたことの理不尽さ、非科学性を一貫して主張されてこられたのが矢ケ崎克馬さんです。
広島には原子雲から大量の「死の灰」が降ったのでした。アメリカ軍はその存在を十分に知りつつ、広島市が巨大台風による洪水を被り、放射性降下物が流されたあとに市内の調査を行いました。
そして洪水で流された残りの降下物の量から、原爆投下直後の降下物の量を「推し量る」という科学に見せかけた大嘘の報告書を作成し、放射性降下物の摂取による内部被曝の影響を完全に無視したのでした。
こうした偽の調査を1986年にまとめたのが「放射線量評価体系(DS86)」ですが、これがその後の放射線傷害の認定の基準とされています。矢ケ崎さんは著書『隠された被曝』でそのあまりにもひどい非科学性を怒りを込めて暴露されています。
私との共著『内部被曝』(岩波ブックレット)でこの点をより分かりやすくまとめてくださっていますので、ぜひこの2冊をお読みいただきたいです。

以下、黒い雨調査隠しの核心部分についてお読み下さい。

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「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」2012.8.6NHKスペシャル
(その2は17分35秒から32分25秒まで)
http://www.at-douga.com/?p=5774

(アメリカ ワシントン)

ABCCに資金を提供し、大きな影響力を持っていたのが、原子力委員会(現エネルギー省)です。戦時中、原爆を開発したマンハッタン計画を引き継ぎ、核兵器の開発と、原子力の平和利用を、同時に進めていました。
被爆者の調査がはじまったのは1950年代。
「核分裂物質が人類の平和のために使われるだろう」(アイゼンハワー大統領)

アイゼンハワー大統領の演説を受け、原子力の平和利用に乗り出したアメリカ。しかし核実験を繰り返した結果、国内で被曝への不安が高まり、対処する必要に迫られていました。
原子力委員会の意向を受け、ABCCは被曝の安全基準を作る研究にとりかかります。被爆者93000人について、被曝した状況と健康被害を調べて、データ化する作業がいっせいに始まりました。
当時の原子力委員会の内情を知る人物が、取材に応じました。セオドア・ロックウェル氏、90歳です。戦時中、広島原爆の開発に参加したロックウェル氏は、原子力委員会で、原子炉の実用化を進めていました。
安全基準を一日も早く作ることが求められる中で、黒い雨など、残留放射線について調べる気は初めからなかったといいます。
「被爆者のデータは絶対的な被ばくの安全基準を作るためのものだと最初から決まっていました。残留放射線について詳しく調査するなんてなんの役にも立ちません。」

さらに私たちは残留放射線の問題に対する原子力委員会の強い姿勢を示す資料にいきあたりました。
「これは原子力委員会からの手紙です。1955年のものです」

手紙を書いたのは、原子力委員会の幹部だったチャールズ・ダナム氏。調査を始めるにあたって、学術機関のトップにこう説明していました。
「広島と長崎の被害について、誤解を招く恐れのある、根拠の希薄な報告を抑え込まなければならない」 (さらに…)

2017.08.22

明日に向けて(1416)「黒い雨」による被曝データが隠されていた―「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャルより)その1

守田です(20170822 23:30)

明日に向けて(1413)~(1415)で、2017年8月6日に放映されたNHKスペシャル「原爆死 ヒロシマ 72年目の真実」の内容を文字起こしして紹介しました。
これを踏まえて僕なりの解説を試みようと思っているのですが、その過程で5年前の2012年8月6日にやはりNHKスペシャルで放映された「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」という番組のことを思い出しました。
この時も非常に重要な内容が展開されたと考えて、すぐに文字起こしを試み、8月11日に以下のように記事にしました。

「明日に向けて(526)「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャルより)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/6529d3ea6f5edcd5becace7cda4452be

今回、読み返してみてNHKの取材の積み重ねの素晴らしさに共感し、ぜひ5年後に作られた「原爆死 ヒロシマ 72年目の真実」を補足する形でこの番組も観ていただきたいと思い、再度、文字起こし部分を掲載することにしました。ぜひお読み下さい。
なお採録にあたって、いまもネット上にアップされている番組の動画を調べて記入しましたので、時間のある方は番組そのものをご覧ください。

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「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」2012.8.6NHKスペシャル(その1は17分35秒まで)
http://www.at-douga.com/?p=5774

広島に住む女性が大切に保管しているものがあります。無数の黒いシミが残るブラウスです。

「染み込んどるの洗っても洗ってもとれんかった、これ。」

原爆投下直後、広島に降った黒い雨。67年前の確かな痕跡です。
アメリカが広島・長崎に投下した原子爆弾。きのこ雲には、爆発で巻き上げられた地チリや埃とともに大量の放射性物質が含まれていました。それが上空で急速に冷やされ、雨となって降りました。いわゆる黒い雨です。
原爆資料館に保管されている雨だれのあと、原爆の材料となったウランなどの放射性物質が検出されています。しかしこれまで雨がどこに降り、どれだけの被曝をもたらしたのか詳細なデータがないため、わからないままになっていました。
ところが去年12月、国が所管する被爆者の調査をする研究所に大量のデータが存在していたことが明らかになりました。

公開されたのは広島・長崎10000人を超える被爆者がどこで雨にあったのかのを示す分布図です。丸の大きさが雨にあった人数を表しています。データは戦後、被曝の影響を調べる大規模な調査の中で集められたものでした。
突然あかされた新事実。黒い雨を浴びてガンなどの病気になっても、その影響を認められなかった人たちに衝撃が広がっています。

「どうしてだしてくれんかったんかね。こういうものがあったのに」
「これはもう、憤り以外の何者でもないですよね」

このデータをもとに、黒い雨の実態解明を進める動きも起きています。最新の研究で、雨が多く降ったところで、被爆者ががんで死亡するリスクが高まっている可能性が浮かびあがってきたのです。
「まったく驚きですね。リスクが高くなっている地域が黒い雨の影響を受けているんだろう」
黒い雨のデータはなぜ生かされてこなかったのか。それは今の時代に何を語るのか。被曝から67年、はじめて明らかになる真実です。 (さらに…)

2017.01.14

明日に向けて(1342)被曝から命を守るために問われていること

守田です(20170114 13:00)

1月7、8日のコープ自然派脱原発ネットワークの伊方原発ツアーに参加した際に、松山センターで行われた集会での発言の起こしの3回目を載せます。
今後の脱被曝の展望について述べました。

*****

伊方原発を止めるために!被曝から命を守るために!
2016年1月8日 コープ自然派松山センターにて
4、放射能の危険性への目覚めを広げることが課題

ただ一方でしっかりと見ておかなくてはならない大きな課題があります。
反原発運動のこれほどの進展に対して、反被曝という側面はまだ十分に追いついてきていません。なぜかというと放射線被曝の害が非常に軽く語られていて、まだこの点での民衆の覚醒は十分ではないからです。
放射線の人体への影響は世界的にアメリカが作った教科書で教育されてしまっています。この教科書が元にしているのは、原爆の被爆者への被害調査です。
誰がこれを調べたのかと言えばアメリカなのです。ひどいと思いませんか?加害者が被害者を調べたのです。
こんな調査はあってはならないのです。当然加害者は被害を軽く見積もりますよね。しかもそれが核戦略の根っこにあることなのです。核戦略を維持するためにも放射線の害は非常に軽く語られてきたのです。
残念ながら多くの学者さんやお医者さんがこの教育を受けてしまっています。

ちなみにこのためお医者さんは被曝に対して甘い意識を持っている方が多くて、レントゲンなどで自らもかなりの被曝をしている場合が多いです。
僕の知り合いで、いまは被曝に対して厳しい感覚を持っている医師の中でも、若い時に内科にいてしょっちゅうプロテクトもあいまいなままレントゲンを撮ってしまい、かなりの被曝をしてしまっている方がいます。
そうするとどういうことが起こると思いますか?そのお医者さんの子どもはみんな女の子になるのだそうです。もちろん男の子が生まれることもあるのですが、そうすると「浴びたりないぞ」と言われるのだそうです。

だから放射線被曝に対する評価がとても甘く見られていて、福島原発事故のあとも、お子さんが鼻血を出して、しかもこれまで見たことのない鼻血だというのでお母さんたちが病院に駆け込み「放射能の影響では」というと次のように言われてしまうことが起こりました。
「お母さん、何をバカなことを言っているんですか。そんなことをあなたが言うから子どもさんが精神的におかしくなるんですよ」と。
それで社会の中でもお母さんたちが過剰に怖がっている。「放射脳になってしまっている」などと揶揄されたりしました。
そういうことが各地で起こっているのです。こういうことをなんとしても変えなくてはいけない。 (さらに…)

2016.12.01

明日に向けて(1329)三田医師の語る被曝影響・・・この調査を広げて下さい(下澤レポート下)

守田です(20161201 11:00)

前回の続きです。
再びIWJの動画アドレスをご紹介しておきます。

被爆二世の健康実態調査報告と原発事故被災者の健康を考える学習講演会 福島の被曝、そして広島・長崎の被爆の重ね合わさるもの
三田茂医師、守田敏也氏 2016.11.27
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/347977

下澤さんのレポートの後半です。

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三田医師の語る被曝影響・・・この調査を広げて下さい!
~「福島の被曝、そして広島・長崎の被爆の重ね合わさるもの」に参加して~
2016年11月28日 下澤陽子

〇時間の経過による放射能影響の推移について
(三田先生の考えるところ)

放射能の量は広島長崎の約1000倍。
事故直後の 3月15日 (爆発後のプルーム) 3月21(雨)。
事故の数ヶ月後、小平でもリンパの腫れ、皮膚のただれ、皮下出血、咳が止まらない、鼻血、血尿、骨折など、みられ、それらは一気に来るのではなく波があった。これらの影響はだんだん減衰していく。
物を燃やすことによる、また事故が収束していない原発から降り注いでくるものはありそれらは積み重なっていく。
事故後5年くらいが経過し、様々な名前のついた疾患が増え出し、それはずっと続く。
そして、事故から20年~第二世代の子供たちの多くが健康に何らかの問題があり、様々な疾患を抱える状態に。
先生の作られた簡単なグラフを見ました。この第二世代への影響は、事故の後すぐと比較すると、はるかはるかの高いところにありました。

〇人間は十人十色。
被曝の症状は多岐にわたり(広島・長崎2世3世の方々が訴えていることとかさなることも多い)、その影響も受けやすい人と、受けにくい強い人とがいる。
広島長崎の原爆の投下後、放射能に弱い人に至っては、初めの5年で既に亡くなってしまっている。いま、とられている統計は、そこを生き残った放射能に強い人たちのものであり、2世3世の方々はその強い遺伝子を受け継いだ方々と考えられる。
しかし、チェルノブイリ後の第2世代についてはほぼ全員が何らかの被曝影響を受けている。(集中が続かず授業時間を短縮。体育の授業が普通にできない、様々な疾患など) (さらに…)

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