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2017.02.03

明日に向けて(1350)東芝崩壊はリスク管理が甘かったためではなく健全経営の観点を失ったためだ!

守田です(20170203 11:00)

東芝の崩壊の考察の4回目です。今回は現在の東芝の苦境の最大の因子となっている子会社のウェスチング・ハウス(WH)社とそのまた子会社のストーンアンドウェブスター(S&W)社について解析します。
昨年末、東芝が巨額の赤字を計上することになると発表した直接の原因は、子会社のWH社が買収したストーンアンドウェブスター社が7000億円とも推定される赤字を抱えていたからでした。
この報に接して誰もが思うのは、どうしてそんな赤字会社を買ってしまったのかということです。

実際に読売新聞は2月1日付の社説で次のように書いています。
「最大の問題は、東芝が子会社の損失を見抜けなかったことだ。」
「福島の原発事故以降、世界的に原発の安全基準が厳格化され、建設コストが高まる傾向にある。だが、東芝は度重なる損失発生を早期に把握できなかった。目の届きにくい海外事業のリスク管理が甘かったと言わざるを得ない。」
「日本の原発政策を前進させるためにも、東芝には着実な経営再建を求めたい。」

しかしことはそんなに単純でしょうか?「リスク管理が甘かった」ことで7000億円もの赤字を抱えている企業を買ってしまうのでしょうか。
分析があまりにも薄っぺらで甘いと言わざるを得ませんが、読売新聞の分析がそうなってしまうのは、同社がこの期におよんでも「日本の原発政策を前進させるためにも、東芝には着実な経営再建を求めたい」と平然と書いていることに根拠があります。
読売新聞もまたマスコミの中で突出して原発推進の旗を振ってきた企業です。だから福島原発事故に対しても相応の責任があるのに何ら反省をしていません。自らを振り返れない。だから東芝の問題もまともに分析できないのです。

東芝が買収対象の会社の赤字を見抜けなかった背景には、そもそも原発関連の事業がどれもこれも暗礁に乗り上げ、採算割れに至って、火の車になっていたことがあげられます。
このためリーマンショック直後からダメージが来ていたのですが、東芝はここでこの事態と立ち向かうことをせず、赤字を隠して粉飾決算に走ってしまったのでした。このためその後もたくさんの失策が隠されていったわけです。
あれだけの巨大企業ですから赤字や危機隠しは社内のセクション間でも行われていたでしょう。いや粉飾決算はごく限られた中枢で行われていたのでしょうが、そんな状態でそれぞれの持ち場のリスク管理だけがまともに進むわけがあるでしょうか。 (さらに…)

2017.02.02

明日に向けて(1349)東芝は福島原発事故を反省しなかったがゆえに現在の苦境に陥った!

守田です。(20170202 14:30)

東芝の崩壊過程の考察の3回目です。
前回は東芝が2006年に無理をして購入した米ウェスチング・ハウス社の原発建設が次々と訴訟を引き起こして泥沼に入っていったことを書きました。
今回は東芝本体自身がやはりアメリカで進めていた原発建設もまた暗礁に乗り上げてしまった点について解析していきます。

問題はサウス・テキサス・プロジェクト(STP)と呼ばれるもので、テキサス州ヒューストン近郊に2基の原発の増設を狙ったものでした。
発注元は米電力大手NRGエナジー(ニュージャージー州)。もともと2基の原発を所有していますが、3号機、4号機を作ろうという計画でした。
受注は2008年3月。炉のタイプは東芝が長年手がけてきた沸騰水型原子炉(BWR)の改良型(ABWR)で出力は1349メガワット、建設費1000億ドル(当時の為替レートによれば約8000億円)で、2015~16年の運転開始が目指されていました。

WH社の原発建設計画が、東芝にとっては、アメリカの原子炉メーカーを子会社化したものであったことに対し、STPは東芝純正の原発をアメリカに建てる計画でしたから、日本で初めての原発輸出事業でした。
東芝は発注元のNRGエナジーとともに事業会社であるニュークリア・イノベーション・ノース・アメリカ(NINA)を起ち上げてこの事業を進めました。
最大手の出資者はNRGエナジーで22億ドル(持ち株比率88%)、東芝が3億ドル(12%)でしたが、さらに約10%に相当する2億5千ドルを東京電力が追加出資することになっていました。東電もまた次世代戦略として海外進出を目指していたのでした。

ところが2011年3月11日に福島第一原発が大事故を起こし、東電は自社の破綻の可能性にも直面して、出資どころではなくなってしまい、早々に撤退しました。
するとこれをみてNRGエナジーが、事故から一月余りの4月19日にやはりいち早くこの計画からの全面撤退を表明してしまったのでした。
「株主に対してこれ以上の投資を正当化できなくなった」というのが利用でしたが、これから建設しようとする原発が、事故を起こした東芝の原発の後継機種であっため、信用が得られなくなったこと、あるいはNRGエナジー自身が東芝を信用できなくなったことが最大の理由でしょう。 (さらに…)

2017.02.01

明日に向けて(1348)米国での原発建設はすぐに提訴の泥沼にはまり東芝の展望を奪った!

守田です。(20170201 11:30)

東芝の海外での原発建設からの撤退に関する分析の続きです。
前回の記事でも明らかにしたように、東芝はいま子会社のWH(ウェスチング・ハウス)社が2015年12月に買収したCB&Iストーン・アンド・ウェブスター社が隠し持っていた7000億円という巨額な負債を背負い、大変な苦境に立っています。
東芝の株式資本は2016年9月末時点で3632億円。このままでは完全に債務の大幅超過になり倒産の危機に直面しており、民間銀行各社の他、政府系金融機関の日本政策投資銀行に救済を求めています。

日本政策投資銀行による救済は、郵便貯金や年金など国民の貯金を原資とする公金の貸付であり、とても容認できることではありません。
もちろん東芝もこうした救済が簡単に受けられるとは思っておらず、1月28日に原発部門の責任者で、WH社会長も務め、この会社の損失を隠した疑いを持たれている志賀重範会長を退任させることを発表しました。
同時にWH社現会長のダニー・ロデリック会長も退任の方向で調整していると言われています。本社と子会社のトップの首のすげ替えです。

それにしても東芝はどうしてこんな会社をWH社が買収することを許してしまったのでしょうか。またなぜWH社は巨額の赤字を抱えている会社を自らの子会社としてしまったのでしょうか。
さまざまな人士が分析を行っていますが、そのどれにも「はてな」がこびりついています。確証できる記事は出ておらず、2月14日の東芝による負債の詳細と再建策の発表が待たれている面もあります。
そのため現時点では推論に頼らざるを得ない面もありますが、ともあれより詳細な分析を行っておきたいと思います。

東芝のこの間の大きなつまづきは、2006年にアメリカのWH社を市場価格の2倍の6400億円で買収してしまったことにあります。
端的に言ってその後、その損失を一貫してカバーできなかったと言えます。結果的には、もともと原子力産業における世界的なリーディングカンパニーになろうとしたことが間違っていたのです。
では東芝の巻き返し策はなぜ、どのように失敗してしまったのでしょうか。今回はその点を追っていきたいと思います。 (さらに…)

2017.01.29

明日に向けて(1347)東芝が海外での原発建設から撤退!核なき未来がまた一歩近づいた!

守田です(20170129 23:00)

1月27日、東芝が重大な決定を発表しました。海外での原発建設から撤退するなど、同社の主力に位置づけてきた原発事業の大幅な見直しをするというのです。
理由はアメリカにおける原発事業で7000億円とも言われる赤字を出して経営が極度に悪化してしまったためです。
そもそも東芝は2016年9月末時点で株式資本が3632億円しかなく、資本増強をしないままに7千億円の赤字が確定すれば債務超過=倒産にすら発展しかねない状況にあります。

直接的な理由は、東芝の原子力部門の子会社であるアメリカのWH(ウェスチング・ハウス)社が買収したアメリカ原発建設会社のCB&Iストーン・アンド・ウェブスター社が巨額の赤字を持っていたことが判明したことによるもの。
なぜか東芝は調査が不十分なままにこの会社をWH社にほぼ対価なしで買収させてしまい、なんと7000億円とも言われる赤字をそのまま背負って大苦境に陥ってしまったのです。

この東芝の大崩壊について、マスコミ各社は主にアメリカにおける原発事業での失敗からばかりから原因分析を行っていますが、僕にはそこから解き明かすのが正しいとは思えません。
最も重要なのは福島第一原発事故の影響とその後の反原発運動の全世界的な発展によって核産業の未来が閉ざされてきたことにあるからです。その意味で私たちの努力が原発メーカーを追い詰め、核なき未来をまた一歩手繰り寄せているのでもあるのです。 (さらに…)

2015.12.26

明日に向けて(1199)原発メーカー救済のための危険な原発再稼働と原発輸出を許してはならない!

守田です。(20151226 11:30)

この夏の川内原発再稼働に続く高浜原発再稼働容認の動きが、東芝の大苦境に象徴される原発メーカーの瓦解への救済策であることを前回明らかにしました。
今回は東芝の経営危機の日本経済全体にもたらす意味と、原発メーカーの救済の不可能性を明らかにしつつ、原発再稼働の流れを断ちきっていく展望を明らかにしたいと思います。

21日の記者会見で東芝は来年3月期で5500億円の赤字を計上すること。大幅なリストラや不採算部門の切り捨てなどで生き残りを図るものの、1兆840億円あった自己資本の6割を失い、4300億円にまで目減りすることを明らかにしました。
これを受けて、毎日新聞経済プレミア編集長が、この記者会見を「東芝の問題が単なる「不正会計」から、「経営危機」という別次元の段階に入った象徴的なもの」と評したことを昨日お伝えしましたが、これは日本経済全体にとっても大きなことです。
なぜなら東芝はかつては財界総理と言われる経団連会長を連続で排出し、その後も経団連副会長の座に常駐してきたリーディングカンパニーだからです。

歴代社長の在任期間とその後に財界でついた役職をみてみましょう。

石坂泰三(1949~57)経団連会長
土光敏夫(1965~72)経団連会長
佐波正一(1980~86)経団連副会長
青井舒一(1987~92)経団連副会長・経済同友会副代表幹事
西村泰三(96~2000)経団連副会長・経団連評議会議長
岡村 正(2000~05)日本商工会議所会頭・経団連副会長
西田厚聰(2005~09)経団連副会長
佐々木則夫(09~13)経団連副会長

引用は以下の記事より
東芝が失う「財界活動」の特別パスポート
週刊東洋経済ビジネス 2015年07月28日 前田 佳子
http://toyokeizai.net/articles/-/78449

このように一覧を見てみると東芝が常に日本の経済界のいわば「大番頭」を務めてきたことが分かりますが、その中でもより大きな位置を占めた人物は1965年から72年まで社長を務め、その後に経団連会長となった土光敏夫氏でした。
日本に原発を導入したのは政治家では元中曽根首相であったことに対し、経済界で積極的な旗振り役となったのが土光敏夫氏だったからです。実際に土光氏が社長時代に福島第一原発の建設に大きく関わりました。
福島第一原発1号機は、東海原発、敦賀原発、美浜原発につぐ日本で4番目の原発として1971年3月26日より運転開始。このときはGE社純正でしたが東芝は大きく技術を習得していきました。 (さらに…)

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