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2015.10.31

明日に向けて(1173)世界が暴力化している・・・今こそ平和の声を!-1

守田です。(20151031 23:30)

『原発からの命の守り方』を10月27日付で上梓しましたが、大変、売れ行き好調です。みなさんに感謝したいです。
このためこの間、注文受付、発送などに追われていました。
しかしその間にも世界でどんどんいろいろなことが起きて気が気ではありませんでした。今宵はこの数か月のことを振り返っておきたいと思います。

世界が暴力化しています。あちこちで戦乱が拡大しています。
かなり深刻です!

この間、アフガニスタンにおけるアメリカ軍による国境なき医師団の病院への意図的な攻撃についての批難の記事を何度か書いてきましたが、今度はイエメンで国境なき医師団の病院が空襲されました。
犯人はサウジアラビアを中心とする「連合軍」のようですが、あまりにひどい。戦闘地域での病院への攻撃が常態化しつつあります。
これについても分析を深めねばと思っていますが、正直なところこのイエメンでの戦闘について僕はまだ十分な分析ができていません。情報収集と解析に努めたいと思います。

イエメンで「国境なき医師団」病院空爆、国連総長が連合軍非難
http://news.livedoor.com/article/detail/10760853/?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

ご存知のように理不尽な暴力の発動はこれにとどまりません。とくに滅茶苦茶な様相を呈しているのがシリア・イラク情勢です。
関与者が多すぎてこれもまた僕自身、十分に分析できているとは思えないのですが、ざっくりと起きていることをみなさんと一緒につかんでおきたいと思います。
これは、今、目の前で振るわれている暴力に麻痺しないためです。そのために一つ一つの関係性を分析的に把握するのです。もちろんすべては分析しきれないかもしれない。しかしこちら側で事態を追いかけていく座標を作っていく必要があるのです。
そうでないと、あちらでもこちらでも暴力が多発することによって追いかけていく気力を失ってしまう。暴力に麻痺させられてしまう。それではいけない!暴力に立ち向かうためにはまずはしつこく分析を行っていくことが大事です。 (さらに…)

2015.02.01

明日に向けて(1032)後藤健二さん殺害か。責任はISと共に安倍自民党政権にある。平和の心で立ち向かおう!

守田です。(20150201 12:00)

後藤さん殺害のビデオが「イスラム国」より流されました。何らかの間違いであって欲しいですが「イスラム国」のロゴが入っているなど事実である可能性が高いです。
悲しいです。あまりに悲しい。ああ、本当に悲しい。心が散り散りになりそうです。身体がブルブルと震えます。
一方でまだ事実として受け入れたくない気持ち、まだ事実と認定してはいけないのではないかという気持ちもあります。いろいろな意味で心が乱れています。
ただ今すぐこの事態を論じなければいけない責務も強く感じています。なのでここからは後藤さん殺害、そして湯川さん殺害が事実であった場合を想定して論じていきたいと思います。

後藤さんを本当に「イスラム国」が殺害したのであれば、まず何よりも後藤さんのお連れ合い、お母様をはじめ、近親者の方々、ご友人の方々に心の底からのお悔やみを申し上げたいです。
また湯川さんもまた殺害されたのであれば、湯川さんのご家族、近親者の方々にも、心からのお悔やみを申し上げたいです。おそらく今は心が定まらず、言葉も出ない状態だと思います。何とかお二人をお救いしたいと思いましたが力がおよびませんでした。申し訳ありません。
本当にお辛いと思いますが、そんなみなさまに、お二人の死を心から悼むとともに、後藤さんが示された平和への思いを分け持って歩む決意をお伝えしたいです。
後藤さんの思いは、戦火のもと、抗争のもとに苦しむすべての人々に寄り添って平和を模索することでした。戦争による死を防ぐことでした。心に溢れているのはいつも強い愛でした。何よりそれを受け継がせていただきます。

「イスラム国」に対しては、心の底からの、腹の底からの、抗議を行いたいと思います。
後藤さんは中東の多くの民衆そばに寄り添い、米英や各国の空襲の惨禍に喘ぐ人々、武装勢力の抗争の中で信じがたい苦しみの中にいる人々に最も心を寄せてきた方でした。
後藤さんは「イスラム国」を含めて、ただの一度もイラクの人々にもシリアの人々にも危害を加えたことなどありませんでした。それどころか命をかけて、人々の悲しみを世界に伝えようとしてきたのでした。同じく湯川さんもイラクの人もシリアの人も傷つけたことはありませんでした。
その湯川さんと後藤さんを殺害したことには何らの正義もありません。まったの過ちです。暴力では何も解決しないのだということをあらためて強く主張します。

日本政府に対しては、湯川さんと後藤さん救出のための適切な行為を行わなかったこと、救出に完全に失敗したこと、自国民を守り切れなかったこと、誠実に守ろうともしなかったことを強く抗議します。説明のため時系列に沿って政府の誤りを指摘します。 (さらに…)

2015.01.27

明日に向けて(1024)日本人だけでなくすべての命を守ろう!(パレスチナ朗読劇へのお誘い)

守田です。(20150127 00:30)

みなさま。ここ数日、僕は湯川遥菜さんと後藤健二さんの救出のための発信を続けてきました。
署名を呼びかけ、声明の拡散を訴え、他の課題で出向いた集会などでも二人の救出を訴えました。
訴えながら、僕の中には何とも後ろめたい気持ちが沸き起こって来るのを禁じ得ませんでした。
「守田さん。あなたは僕たち、私たちの時はそこまで熱心に訴えてくれましたか?」と、パレスチナの子どもに言われたような気がしたからです。

いやパレスチナだけではない。イラクでもたくさんの人々が殺されてきた。
イラクだけではありません。世界中で、暴力で、誰かの愛しい人が酷く殺されてきた。そんなことばかりが続いています。

僕は日本に住んでいる。だから後藤さんのことが良く分かる。良く分かるから、なんとか彼を救いたいとも思うし、それは僕の役目だとも思います。
でも同じようにかけがえのない命が、毎日、毎日、殺されています。その中で、日本人の後藤さん、湯川さんの時だけ、これだけ連続発信していることに僕は後ろめたさを感じます。
辛い。悲しい。そして心が焼けるように痛いです。
もうすべての人殺しをやめてくれ!本当にそう思います。

みなさん。とくに後藤さんに思いを寄せるみなさん。
後藤さんを救いたいと切実に願うその思いそのままに世界に目を移しましょう。そうして本当に毎日、毎日、かけがえのない人々が殺されている現代世界をしっかりみましょう。
確かにそれを観続けることは辛すぎることかもしれない。一日中、365日、それだけを考えていては身が持たないことです。
でもそれは事実なのです。リアルに私たちの前にあることなのです。

後藤さんを救うだけでなく、全ての人を救うための、つまり恒久的な平和のための、地の底から這いあがってくるようなムーブメントを私たちは作らなければいけない。
僕はそう思います。すべての人々の命を守るための行動を私たちは今の事態の中から選び取らなければなりません。 (さらに…)

2015.01.16

明日に向けて(1015)「ヒトラー・チルドレン」とイスラエル(ポーランド訪問で学んだこと-3)

守田です。(20150116 23:30)

2014年12月17日に「京都被爆2世3世の会」の拡大総会での話を、同会の平信行さんが起こしてくださったものに手を入れた報告記事の3回目をお送りします。
今回は「ヒトラー・チルドレン」=ナチス高官の子どもたち孫たちのナチスの犯罪の捉え返しとイスラエルの若者たちとの対話、そしてその先にあるものについて述べます。

*****

ポーランド訪問で学んだこと-3
-ユダヤ人をめぐる歴史の深層を踏まえつつ、チェルノブイリ原発事故による被ばくの現実を捉えなおす
2014年12月17日学習会 守田敏也

■ヒトラーチルドレンと現代の問題
前回の最後に、アウシュヴィッツ博物館に多くの若者たちが訪れている中で、イスラエルの若者たちが国旗を掲げて歩いている場面に出くわしたことを書きました。
その若者たちが例えばドイツの若者たちとすれ違ったりする。「こういうことがとても大事なのです」とガイドの中谷さんがおっしゃり、「なるほど」と行き違う両国の若者たちを感慨深く見ていたのですが、その後、何ともショッキングな場面に出くわすこととなりました。
というのは、僕はこの博物館を訪れる前に、日本でNHK・BS世界のドキュメンタリー「ヒトラー・チルドレン~ナチスの罪を背負って」という録画してあった番組を観てきていました。(2013年8月15日放映)

その番組はナチスの重要人物の息子や娘、親族などに当たる5人のドイツ人を取材したものでした。監督は親族をホロコーストで亡くしたユダヤ人。過去を背負いながら生きる人々の苦悩する姿を描いたイスラエルとドイツの共同制作番組でした。
この中のハイライトとして、アウシュヴィッツ収容所の初代所長ルドルフ・ヘスの孫ライネル・ヘスさんのシーンがありました。ドイツの子どもたちは小さい時に学校単位でアウシュヴィッツを訪れるそうですが、ライネル・ヘスさんは所長の孫ということで、長くアウシュヴィッツ側に訪問を拒まれていました。
このためこの番組の中で初めて訪問することになりました。ホロコースト生存者の孫で、ライネル・ヘスさんと同年代のユダヤ人ジャーナリストが同行しました。

アウシュヴィッツ所長のルドルフ・ヘスはこの敷地内に住んでいたのでした。家族と一緒でした。子育てもしていて、実際にライネル・ヘスさんのお父さんもそこで育ちました。その家の中に入って外を見ると、すぐ近くに見える壁がもう収容所の壁でした。
そしてその先にガス室と焼却場があったのでした。家からは巧妙に見えないようになっていましたが、ライネル・ヘスさんは父が祖母から庭にある作物や果物を採ったらきれいに洗いなさいと強く言われていたことを思いだしました。
「君のお父さんは死体を焼いた灰や匂いの中で育ったのだね」とユダヤ人ジャーナリストが語りかけました。ライネル・ヘスさんは「つらい」とだけつぶやきました。 (さらに…)